
1880年代にドイツの物理学者A・F・ヴァインホルトが、保温・保冷効果を高めるためには、多重の壁間内部を真空にした容器を作ればよいと発想しました。この考えをさらに進め、イギリス(スコットランド出身)の科学者ジェームス・デュワーが、1892年に壁の間を真空にした二重のガラス容器を考案しました。このガラス製の真空ボトルが現在の魔法びんの原型といえるもので、「デュワーびん」として知られています。その後さらに真空にした容器の内壁に銀や銅のメッキを施して熱の放射ロスを防ぐことをデュワーは考案します。
デュワーの元で科学実験用のガラス容器を製造していたドイツのガラス職人であったラインホルト・ブルガーは、このガラス製の真空ボトルを一般的に使えるように保護用の金属ケースで被うことを考案しました。このパテントを1903年にドイツで取得し、翌1904年にブルガーは、アルベルト・アッシェンブレンナー、グスタフ・フォン・パーレンとともにTHERMOS G.m.b.H.(テルモス有限会社)をベルリンに設立しました。商品としてガラス製魔法びんの生産を開始しました。ちなみにブランド名のThermos(テルモス)はギリシャ語の「暑熱・夏の意」から来たもので英語読みではサーモス(Thermos)です。
その後、1907年にはイギリス、アメリカ、カナダでサーモス各社が設立されます。これ以降、急速に世界中に魔法びんが普及し、各国の遠征や探検に使用されるようになりました。
世界初の高真空断熱ステンレス魔法びんを日本酸素株式会社が開発し、「アクト・ステンレスポット」を発売。 このステンレス魔法びんはガラス製と比べ、軽くて、割れないという画期的な製品として、大きな進化を果たしました。
魔法びんの技術を応用して、保温することで調理ができる真空保温調理器「シャトルシェフ」が
発売されました。調理台でつきっきりにならなくてすむ、エネルギーと時間を節約できる製品として、
爆発的なヒット。
イギリス、アメリカ、カナダのサーモス各社が日本酸素株式会社の傘下に入り世界最大の魔法びんメーカーに発展しました。
マイボトル感覚で使える「イージードリンクボトル」を発売。 保冷専用の「スポーツボトル」という新ジャンルの製品が生み出されました。 いまやスポーツシーンには欠かせないアイテムとして愛用されています。