【わたしの一皿vol.2】瀬尾幸子さんの「けんちん汁」

きっと誰もが持っている「スープ」にまつわる何気ない思い出。ときにうれしく、ときに切なく。わたしたちはいつだって、食べものに支えられているのかもしれない。今回は料理研究家・瀬尾幸子さんに、ある一皿にまつわる記憶を綴っていただきます。

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祖母が元気だった昭和の中頃には、秋から次の春までの間、月に一度くらいけんちん汁が晩御飯に出た。けんちん汁には、手打ちそばがついてきた。

栃木県の北のほうに生まれた祖母の手打ちそばは、そば粉を熱湯でこねる“湯ごね”という方法だ。そば粉に熱湯を回しかけ、熱々のうちに菜箸で混ぜ、手でこねて生地をまとめて伸ばし、たたんで端から包丁で切っていく。お蕎麦屋さんの鮮やかな職人技の細切りそばと違い、黒くて太くてぼっそりしている。落語のそばのように汁と一緒に勢いよくすすりこむなんて到底できない、太くて短くてブツブツ切れてしまうようなそばだった。

このそばを入れるけんちん汁も、いわゆる精進料理のけんちん汁とは少し違う。里芋、人参、大根、しいたけ、ごぼう、たまに鶏もも肉が入る。

具材をアルマイトの鍋で油炒めし、だし汁で煮る。だしは昆布抜きの100パーセント煮干し。祖母は油で炒めることを「油でジージーしてから」と言っていた。親から教わった料理以外知らなかった祖母は、料理用語を知らなかったのかもしれない。

その汁は肉が入っている時点で精進料理ではなく、豆腐も入っていないから、醤油味の野菜汁である。それでも家では、けんちん汁と呼んでいた。

好き嫌いの多かったわたしは、力強い香りのするそばを、このけんちん汁につけながら食べるのは苦手だった。まったく子どもの好みから遠い、大人味だった気がする。ごぼうの香り、里芋のねっとり感、いろんな野菜から出る甘味は大人にならないとわからない深い味わいなんじゃないかなと思う。

当時、そばというものはこのようなものだと思っていたわたしは断然うどん派で、このけんちん汁に入れるのは、うどんのほうがおいしいんじゃないかと感じていた。

そうだ、これに小麦粉団子を入れれば、いわゆるすいとん汁じゃないか? 水田も少なく、小麦栽培にも適さないところでも、そばの実は栽培できる。もしかしたら祖母の育ったところはそういう土地だったのかもしれない。口数の少なかった祖母から、祖母の子供のころの話を聞いたことがないから想像するだけだ。

当時の祖母と近い年齢になった今は、あれはとても贅沢な食べ物だったと思えるようになった。素材の力強さをそのまま全部鍋に入れて味わう外では食べることのできない、わたしの家の味だ。

子どものときに食べた好きなもの、嫌いなものの記憶はその後も成長とともに変化しながら、わたしを豊かにしてくれる気がする。

イラスト:omiso
編集:ノオト

瀬尾 幸子

瀬尾 幸子

せお・ゆきこ

料理研究家。食べ飽きない「ふだんのおかず」ならおまかせ。手がかからないのに、素材の持つ本来のおいしさをグッと引き出す方法は、幅広い年代から指示されている。書籍は『賢い冷蔵庫』(NHK出版)など多数。

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