蟹ブックス店主・花田菜々子さんに聞く「読書をもっと気楽に楽しむヒント」

過ごしやすくなった秋の夜は、読書を楽しみたい! と思うものの、ページが進まない、気付いたら積読がいっぱいなんてこともあるのでは。そこで書店員歴20年以上の蟹ブックス店主・花田菜々子さんに、読書を気軽に楽しむ秘訣を伺いました。

この記事をシェアする

Facebook X LINE
花田菜々子

花田菜々子

(はなだ・ななこ)

1979年、東京都足立区生まれ。流浪の書店員。「ヴィレッジヴァンガード」店長、「蔦屋家電二子玉川」ブックコンシェルジュ、「パン屋の本屋」店長、「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」店長を経て、2022年9月に小さな本屋「蟹ブックス」を東京・高円寺にオープン。著書に、2013年頃の自分の体験を綴った『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』(河出書房新社)など。
蟹ブックス:https://www.kanibooks.com/

幼少期から本に親しみ、大人になってからは書店員という仕事に就いた花田さんは、いわば読書のプロ。どんなジャンルの本でもするすると読んでいるのだろうと思いきや、私たちと同じように読書が進まなかったり、積読したりしてしまうこともあるそう。

「もちろん、ありますよ〜。私たち書店員だって、読書が進まないスランプの時期があるんです。あ、スランプと言っても、誰かに強制されているわけでもないんですけど(笑)。

手にした本の文体が好みじゃない、読みにくいという場合もありますが、そのときの自分の心情によっては詩的なものに触れたかったり、もっとシリアスな物語を読みたかったりと、興味があってもいまはその本を読むタイミングじゃない、なんてこともありますから」(以下、花田さん)

では、そういう読書スランプが訪れたとき、どうしたら?

「別に無理して読まなくてもいいんじゃないですかね。私の場合、10ページくらい読んで気分が乗らないってなったら、いったん本を閉じてしまいます。

海外の文芸書は冒頭の100ページ目くらいまでは退屈だけどそこから先がとんでもなく面白い、なんてこともあります(笑)。そこまで頑張れそうだったら頑張ればいいし、無理そうだったら途中で読むのをやめたっていい。エッセイ集なら2、3篇だけ読んで満足してもいいですしね。

読書が苦手という人から『全部読み切らないといけない』とよく聞きますが、みずからそんなにハードルを上げなくてもいいんじゃないかなって」

買ったことに満足し、どんどん自宅に溜まっていく本たち。花田さんも積読しちゃうことがあるそうですが、ちょっとした行動がその1冊を再び手に取るフックになると言います。

「積読の前に2〜3ページだけでも読んでおくといいかもしれません。少しでも内容を掴んでおくと、いつかあの本を読んでみようというタイミングが訪れるので。

例えるなら、買ってきたお肉を冷凍する前に下味をつけとく、みたいな感じ。ただ冷凍しておくだけじゃなくて下味をつけておくと、おかずが何もない日に助かるじゃないですか。本もそれと同じ。

記憶の片隅に本の断片を仕込んでおくと、時間が経ってその本を必要としたとき、また読んでみようというきっかけになる。下ごしらえをしておけば、いつか読みたいと思ったときに本の存在を思い出せるので」

そう軽やかな口調で読書との距離をぐんと縮めてくれる花田さん。プライベートでは読書をどう楽しんでいるのでしょうか。

「寝る前のリラックスタイムにベッドの上で読むのも、休みの日にカフェでみっちり本と向き合うのも好きですね。でも、いちばんのお気に入りは、旅の道中の飛行機や電車の中での読書。旅に持っていく“勝負本”は2週間くらい前から探し出すんですけど、その時間がもう楽しいんですよね。そこからもう旅が始まっているみたいで」

本が好きでたまらない。花田さんの言葉の節々から、そんな思いが伝わってきますが、そもそも本の魅力とは? 壮大すぎる質問にも、花田さんは笑いながらもこう答えてくれます。

「う〜ん、自分にとって本は人生の全部というか。私は昔から悩みごとが多い子どもだったんですが、人に相談するより、本に壁打ちをしながら思考を整理していたんですよね。

だって、個人的な悩みや考えごとを家族や友人に何時間もしたら悪いじゃないですか。その点、本は多様な考えに触れられるし、なんならその考えは本を開くことで何度だって聞くことができる。『昨日していた話、もう一回全部聞かせて』なんて言って、相手を困らせることもないんですよね。

こうして反芻して本にヒントや答えをもらって、私は何度も人生を助けられてきました。特定のこのときというより、いつ何時も、です」

映画や舞台、音楽など趣味とよばれるものにはいろいろな分野がありますが、花田さんがその中でも本が際立てて好きなのは、自分の性格との相性がよかったから。

「もともと、映画などの本以外のエンタメが得意じゃなかったのかもしれません。もちろん好きだし、自主的に観にいったりもしますよ。だけど私の場合、文章で綴ってもらったほうが理解しやすい。いつまでもグダグダと悩みがちな私の性格には、はっきりとした言葉で伝えてくれる本が合っていたんだと思います」

本好きが高じ、書店員になって20年余り。日々本に接しているけれど、ほかの書店に訪れるときのトキメキはずっと変わらない。

「小さな個人店からチェーン店までいろいろな書店に行きますが、やっぱりテンションが上っちゃうんですよね。書店という空間そのものが好きだし、そこで過ごす時間も愛しい。悩みごとがあったとしても、ただそこにいるだけで何もかもが楽しいんですよね。ペットショップでネコを愛でるみたいな感じというか(笑)。

行くぞと意気込んで書店に行くんですが、行ったら行ったで遊園地で遊ぶ子どものようにワクワクした気持ちになれるんですよね」

▲花田さんは高円寺の商店街を抜けた一角に、「蟹ブックス」をオープンした

花田さんが語るこの書店のワクワク感は、自身が今年9月東京・高円寺にオープンした「蟹ブックス」にもしっかりと反映されています。

「みんながみんな読書好きになってほしいなんて思いませんが、本との接点を自然なかたちで作れたらいいなと思っていて。気になって本を手に取ったら、その近くでまた別の好きな一冊と出合えるような棚づくりを心がけています。蟹ブックスではそういうオンラインでは味わえないような出合いを楽しみ、くつろいで過ごしてもらえたら。

小さい本屋なので店主の反応が気になるかもしれませんが、私もそんなに見ていないので(笑)、どうぞゆっくりしていってください」

▲本棚とグリーンが並ぶ、柔らかな空気の店内
▲シンプルな看板を見逃さないで

読書は自分の気分やペースで楽しんでいい。花田さんから教わった本との軽やかな付き合い方を知ると、より本を好きに、自然と書店に足が向きます。日常のおともに、そして自由に本を楽しんでみて。

撮影:小野奈那子
編集:ノオト

船橋麻貴

船橋 麻貴

ふなばし・まき

雑誌やWEB、広告などで執筆中。生涯の目標に締切厳守を掲げるものの、いろいろ遅れがちな人生。特技は暴飲暴食と思いつき旅。焼き菓子&パン1年生。

この記事をシェアする

Facebook X LINE

プラスサーモス おすすめの商品