【わたしの一皿vol.1】有賀薫さんの「マッシュルームのスープ」

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きっと誰もが持っている「スープ」にまつわる何気ない思い出。ときにうれしく、ときに切なく。わたしたちはいつだって、食べものに支えられているのかもしれない。今回はスープ作家・有賀薫さんに、ある一皿にまつわる記憶を綴っていただきます。

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毎朝のスープを作り続けて、今年で3000日を超えた。そのはじまりは、クリスマス翌朝のマッシュルームのスープだった。マッシュルームは常備している食材ではない。ご馳走に使い忘れたマッシュルームが冷蔵庫にあるのを発見し、なんとなくスープにしたのだった。

薄切りのマッシュルームをたまねぎとバターで炒め、水を少し足して煮込む。ブイヨンはなくてもマッシュルームから深いうまみが出る。仕上げに足したのは牛乳、いや生クリームだったか。細かいレシピは忘れてしまったが、すごくおいしくできた。

当時、息子は大学受験を控えていた。朝に弱く、追い込み時期なのにまったく起きてこない。ところが「おいしいスープができたよ!」という一言で、なぜかむっくりと起き上がった。これが、毎朝スープを作り続けるきっかけとなる、小さな“事件”だった。

実は、マッシュルームのスープは私自身の思い出のスープでもある。子どもの頃に母が作っていたそれは、クノールのインスタントスープだった。今のようにカップスープではなく袋入りのもので、そこに牛乳などを加えてのばすタイプだった。

1970年代前半ごろまで、スーパーに生のマッシュルームは売っていなかったと思う。そのスープに浮かんでいた、噛むとキュッキュッと音がするような不思議な歯ごたえのマッシュルームのかけらがうれしかったが、家族5人で分けると渡されたカップにはそれほどたくさん入っているわけではなかった。3人か4人前のスープだったから、母はもしかして食べていなかったかもしれない。

子どもたちが成長すると、もはやその量では足りなくなったのか、マッシュルームのスープは食卓から姿を消した。でも、その味と家族で囲む食卓の風景は、わたしの記憶にはっきりと残っている。パン、卵、そしてスープに浮かんだ小さな乾燥マッシュルーム。

あの食卓の温もりと安心感を作りたいと思い続けているが、料理が仕事になった今でもまだまだ遠い。おそらく母が作った食卓に届かないことは、うすうす気づいている。その食卓は自分の中でよいところだけが抽出されたものになっているからだ。

でも、私自身も少しずつ、わが家の食卓を作ってきた。毎朝のスープもそのひとつ。夫や息子はもちろん、わたしのレシピを通してスープを作ってくださっている方々にも、その食卓が見えていると思う。

母の食卓を心では受け継ぎながらも、やり方や味には自分のカラーを加えていく。マッシュルームのスープは、その表れなのかもしれない。

イラスト:omiso
編集:ノオト

有賀 薫

有賀 薫

ありが・かおる

スープ作家。2011年から7年間、約3000日にわたって、朝のスープ作りを日々更新。おいしさに最短距離で届くシンプルレシピ、現代的な料理のあり方を発信し、作る人と食べる人がともに幸せになる食卓をめざす。最新刊は『スープ・レッスン2 麺・パン・ごはん』(プレジデント社)。『朝10分でできる スープ弁当』(マガジンハウス)で第7回料理レシピ本大賞入賞。
note:https://note.com/kaorun  twitter:@kaorun6

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