アルペンスキー選手の福井丈(じょう)さんの顔写真と父・五大(ごだい)さんの顔写真

vol.24 アルペンスキー

福井丈さん(13)車山ジュニア所属五大さん

アルペンスキー選手の福井丈(じょう)さんのお弁当の写真
アルペンスキー選手の福井丈(じょう)さんの家族写真
From Parents to Child

冬季オリンピックで注目が集まるウィンタースポーツ。今回取材した福井丈さんは、スキー競技の花形であるアルペンスキーで頭角を現し、将来を期待されている中学1年生です。4年前にお母さんを病気で亡くしましたが、寂しい気持ちを心に秘めて練習に励んできました。現在は、佐久長聖中学校に進学して野球部に所属し、スキーと野球の二刀流に挑戦中。大きな試練を経てたくましく成長する彼を、一番近くて見守ってきた父五大さんに話を伺います。

アルペンスキー選手の福井丈(じょう)さんの父・五大(ごだい)さんの写真
福井五大さんのご両親が建てた白樺湖前にあるペンション「リトルグリーブ」の外観写真

白樺湖を眼前に見渡す絶景のペンション「リトルグリーブ」。自然を求めて移住してきた五大さんのご両親が建てたこの宿を、今は一緒に守っている。

親子で身体づくりに取り組み、急成長!

もともと茅ヶ崎(神奈川)に住んでいたんですが、丈が小学生になるタイミングで白樺湖の実家に戻ってきました。自分も亡くなった妻もスキーをしてきたので、丈にも雪山の楽しさを知ってほしいという気持ちがあって、茅ヶ崎にいる頃から家族で年に1、2回はスキー旅行をしていました。でも、ちゃんと始めたのはこっちにきてから。僕がかつて通っていた「車山ジュニア」のコーチに就いたタイミングで丈も小1からチームに所属することになりました。

最初はただ友達と滑るのが楽しいという感じでしたが、大会に出始めると、もっと頑張りたいという気持ちが出てきたようです。レースで勝てる身体づくりをしたいと3年生の時に一念発起。僕がスキークロスの選手だった時代に学んだことを生かして、筋力や俊敏性を磨くためのジュニア期向けトレーニングメニューを組み、40~50分ほどですが毎日欠かさず取り組みました。それが功を奏して、4年生になるとどんどん勝てるようになってきたんです。白樺湖は1周3.8キロなんですけど、自転車に乗った妻と一緒にランニングしていた姿が思い出されます。

アルペンスキー選手の福井丈(じょう)さんの練習中の写真
アルペンスキー選手の福井丈(じょう)さんが幼いころの家族写真

2つ下の弟の暖(だん)さん、5つ下の妹の海来(みら)さん、生前の桐子さんも揃った2019年クリスマスの家族写真。桐子さんは強豪高校スキー部の元監督を父に持つ、生粋のアスリートだった。

本当に日本一になった丈、妻との約束を果たせた

丈は結構、本番に強いんですよ。緊張感をいい意味で生かして練習以上の滑りを本番で出してくることが多い。気乗りしないと練習がおろそかになったり、上手くいかなくて不貞腐れたりすることもあるんですけど、試合になるとバチっとスイッチが入るタイプです。

6年生の時にジュニアオリンピックに出場して、ジャイアントスラロームで準優勝、スラロームで優勝できました。この大会は4年生の時から狙っていて、6年生で優勝したいなら特別シードを獲るために(特別シードを獲得すると翌年の出走順が早くなりレースに有利)5年生で最低でも10位以内に入ろうと決めていました。さらに5年生で10位以内に入るためには今何が必要?と計画を立てて取り組んできたんです。計画したことを着実に実行して優勝まで辿り着けたことは、本人にとって実りの多い成功体験だったと思います。

実は、妻と最後に面会した際に「丈を日本一の小学生にしてあげてね」って言われたんです。妻に託されたからには全力でサポートしていこうと思っていたからジュニアオリンピックで優勝してくれた時は僕も胸がいっぱいになりました。

アルペンスキー選手の福井丈(じょう)さんがお弁当を食べている写真
アルペンスキー選手の福井丈(じょう)さんとチームメイトの近藤武尊さんの写真

同級生で小1からずっと一緒に滑ってきた近藤武尊さん。丈さんの滑りについて聞くと「ポールのすぐ近くを通るし、板が全然ブレなくてすごい」と絶賛。

立ち上がる勇気をくれたのは仲間のいつもの笑顔

妻が亡くなったのは、丈が3年生から4年生に進級する春休みのことです。その時は無気力になってしまって「スキーも野球も辞める」と言い出しました。これはマズイなって思ったんですけど、僕がいろいろ言っても良くない気がして「わかったよ、でも最後に挨拶だけ行こう」と提案したんですね。

久しぶりにチームに顔を出したらみんなが一斉に駆け寄ってきて「いつから練習くるんだよ」「早くこいよ」って明るく声をかけてきたんです。それで丈は辞めるって言い出せなくなっちゃったんですよ。スキーの方も、「辞めてもいいから最後の合宿に行こう」と送り出したら友達と滑るのがやっぱり楽しかったみたいで、結局どっちも続けているうちに、少しずついつもの丈に戻っていきました。

自分も選手だったから分かるんですけど、スポーツをともに頑張った仲間って一生の財産になるんですよね。仲間たちと切磋琢磨しながら自信をつけて、何が起きるか分からない次の時代を楽しく乗り越えていく力をつけていって欲しい。丈に望んでいるのはそれだけです。

From Child to Parents
アルペンスキー選手の福井丈(じょう)さんの父・五大(ごだい)さんの写真

冬の間は3つのチームに所属して練習三昧。ユース(中学生年代)の大会を転戦しながら、国内外の合宿で特訓する忙しい日々。雪が溶けると佐久長聖中学校の野球部員として、寮で生活しながら学業と野球に没頭する日々を送っている丈さん。一年中ハードワークと緊張感の続く生活ですが、それを楽しむことができる心身ともにタフなアスリートです。若くして自分の道を自分で切り開き、急成長する13歳。寂しがる家族を置いてどんどん飛躍していきます。

アルペンスキー選手の福井丈(じょう)さんのインタビュー中の写真
スキーチーム「車山ジュニア」のみなさんの写真

車山高原SKYPARKをベースに活動する「車山ジュニア」。30人が在籍するが、この日は市内で行事があり参加者が少なめ。でもみんな元気いっぱいだ。

憧れの選手“ルーカス”みたいに攻めの滑りで沸かせたい

スキーを本格的にやり出したのは小1の時。スキー経験はあったけれど初心者でした。しばらく基礎練習をして、小2でアルペンスキーを履きはじめたんですけど、県大会に出てみたら同級生にボコボコにされたんです。それで火がついて、小3の春から家族と放課後に毎日フィジカルトレーニングを始めました。結果がついてきたのは小4の頃です。

今は、車山ジュニアの他に白樺湖ロイヤルヒル、ハラダピコロスキークラブにも入っていて、週末に練習しながらユースの大会を中心に毎年10レースほど参戦しています。少しでも長く滑るため、シーズン頭には1カ月ほど海外合宿。昨年まではアメリカのコロラド州で滑っていたんですが、今年は初めてイタリアに行ったんです。ヨーロッパはアルペンスキーの本場なのでただ滑っているだけで刺激をもらいました。憧れのレーサー、ルーカス・ブラーテンの滑りも生で観て、サインをもらったんですよ。

ライバルは、つい最近も同じ大会に出場して優勝した中3の松本眞之介選手。1本目から攻めた滑りをし、彼に勝つのが今の目標です。

アルペンスキー選手の福井丈(じょう)さんのお弁当を作っている写真

普段揚げ物を控えめにしている丈くんのため、お弁当に唐揚げを忍ばせる祖母恵子さん。食欲や食への興味は海外遠征の多いスキー選手にとって大事な資質。栄養に気を配りつつも、食べたいという気持ちを大切に育てている。

スキーと野球、どっちも高いレベルでやりたい

寮生活は結構楽しいです。最初の頃は熟睡できなかったりしたんですけど、同級生はもちろん、先輩とも仲良くなって、楽しくなってきました。火曜日以外は放課後4時間練習して、学習の時間や夜や朝にも自主練習があるので、そんなに自由時間はないんですけど、友達とずっと一緒にいられるのが楽しいんですよね。

もともと小さい頃から合宿で親元を離れる機会が多かったので、ちっとも寂しくありません。実際昨日まで菅平で合宿していたんですけど、楽しくて自宅に帰りたくなくなるほどでした。

なんで野球かスキーどちらかに絞らなかったのかっていうのはよく聞かれるんですけど、スキーは冬しかできないから、それ以外の時期に野球をするのは自分にとっては自然なことなんです。小1から少年野球をやってきてどうせ続けるなら高いレベルでやってみたかったし、送り迎えなどで忙しい父に負担をかけたくなかったので、強豪で寮のある佐久長聖中学校を選びました。ポジションはキャッチャーとセカンド。時々ピッチャーもしています。野球はチームスポーツなので、試合に勝った時に仲間と一緒に喜べるのがすごく楽しいです。

福井丈(じょう)さんの父・五大さんと祖母・恵子さんの写真
アルペンスキー選手の福井丈(じょう)さんのお父さんへのメッセージカードの写真

ただいま絶賛反抗期中。家族にはついそっけない対応をしてしまう丈くんだが、やる時はやる。強い意志力で試行錯誤しながらも立派な大人へと成長していくだろう。

ストイックだったお母さんらしい、力強いエール

好きな食べ物はソースカツ丼! 揚げ物は控えめにしている分、スキー場のレストランで食事する時は必ず注文します(笑)。いつも料理を作ってくれるおばあちゃんのトンカツも大好き。逆に、苦手なのはトマトとキノコ。鍋とかにキノコを入れると全部キノコ味になっちゃうじゃないですか。

お父さんはスキー選手だったから、選手側の気持ちをだいぶ分かってくれるし、道具も練習環境も何不自由なく揃えてくれて感謝しています。種目は違いますけど、いつかはお父さんを超えるようなレーサーになりたいです。

お母さんのことも覚えていますよ。母もスキー選手だったから、野球やスキーで上手くいかなかったときは、支えになるような言葉をかけてくれました。どんな言葉かですか? あんまり細かいことは覚えてないんですけど、ランニングしているときによく「苦しくてもあごを引け!」って言われてました(笑)。

将来は、ワールドカップで活躍する選手になりたい。そのためにまず、体幹や柔軟性を強化して、苦手なスタートダッシュを克服していこうと思っています。

※2026年1月 公開