木村東吉のサーモスを巡る旅~サーモスとの出会いは森の中だった

キャンプやカヤック、トレイルランニングなど様々なアウトドアアクティビティを楽しんでいる、エッセイストの木村東吉さん。実は、長年サーマルクッカー(シャトルシェフ)を使っています。その出会いは、森の中でした。その実力に驚いたそうです。

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木村東吉さんがサーマルクッカーを知ったのは、富士山の周囲を一周するというレースに参加していた時でした。アウトドアの仲間が見慣れない料理器具を持っていたのです。温かい食べ物を温かいまま、おいしく食べられるその保温性にすぐれた鍋は、後の東日本大震災時も存分に活用されることになります。

2010年の秋、我々は20人ほどの友人、知人を集めて、あるレースを開催した。
自転車、カヌー、ランニングの3つの競技をこなしながら、富士山の周り約120キロほどを一周するというレースだ。

チームは3人で構成される。安全を考慮して自転車のカテゴリーは上りのみ。下りはすべてランニングとなる。カヌーは富士五湖すべてを漕ぐ。

カヌーは3人のうち、2人の選手がパドルを握るが、自転車、ランニング共に、1人の選手が走り、他の選手はクルマで先回りをして、走っている選手からバトンを受け取る。

一泊二日のレースで、ちょうど富士五湖の中心地となる西湖をカヌーで出発して、そのレースが始まった。
西湖はカヌー、西湖から精進湖まではランニング、精進湖で再びカヌー、そして精進湖から本栖湖まではまたランニング…という風にレースが続く。

一日目のゴールは静岡県側の水ヶ塚公園。ちょうど半分の距離にあたる60キロ先だ。

結局、朝の7時にレース開始で、水ヶ塚公園に到着したのは15時ころだった。
先に到着したチームから、それぞれ野宿の準備を始める。
仲間内のレースなので、己が宿泊する準備、並びに食事などはすべて自分で賄わなければならない。
我々のチームも水ヶ塚公園到着後、簡易テントを張り、夕食の準備を始めた。
すると驚いたことに、我々とほぼ同時に到着したチームが、温かいシチューを口にしているではないか!

いつのまにそのシチューが出来たんだ?

そのチームメンバーに声を掛ける。
「なんでそんなに早く、温かいモノにありついているんだ?」

彼は、今にも骨から外れそうなホロホロにとろけた手羽先を口に運びながら、ニンマリして答える。
「実はあの鍋で朝から煮てあったのだ」

それがボクとサーマルクッカー(真空保温調理器)※の出会いだった。

衝撃的だった。

それまでアウトドア・クッキングの達人であると自認していた。コールマンのツーバーナー、あるいはロッジ社のダッチオーブンを駆使して、あらゆる調理をしてきた。そしてそれらのレシピを様々なメディアや自著で紹介した。

だが、それまでのそんな行為を鼻息で吹き飛ばすように、彼らは今、目の前で温かいシチューを美味しそうに味わっている。

そのレースが終わって、いろいろ調べた。
なんとなくサーマルクッカーの存在は知っていたが、それをアウトドアで使用するなんて思ってもみなかった。
調べて分かった。

アウトドア用に開発されたサーマルクッカーというのがあり、ハンドルの位置によってロック機構も付いている。このロック機構に拠って、移動中のクルマの中でも、中のシチューやスープがこぼれにくいことも分かった。

欲しくなった。むちゃくちゃ欲しくなった。どうしても欲しくなった。

しかも彼らが使用していたサーマルクッカーは、鍋が上下に二段重ねられるタイプで、例えばシチューと温かいご飯が同時に出来上がっている…というような便利なモノだった。

しかし国内のどこを調べても、そんなタイプのサーマルクッカーはなかった。だが海外のサイトでは未だに販売されていた。(※)

翌年の春、とんでもないことが発生した。
「東日本大震災」である。

しばらくは生活が一変した。
計画停電も施行された。

そんな時、アメリカに住む友人から連絡があり、「困ったことはないか? なにか必要なモノを送ろうか」と心配してくれる。
ボクはその言葉に甘えて、思い切って言ってみた。
「2重構造のサーマルクッカーが欲しいのだが」

それからしばらくして、そのミラクルな鍋が手元に届いた。
これで計画停電による不便から一気に開放された。

電気が送られているうちに、サーマルクッカーですべての調理を済ませ、前菜のサラダやマリネはクーラーボックスに入れておけばいい。
夕食時にはアウトドア用のランタンでテーブルを照らし、クーラーボックスからサラダやマリネを取り出し、やはりクーラーボックスに入れてあった冷えた白ワインを取り出して、前菜と共に味わう。
そしてなんの作業も要らないまま、温かいシチューと炊き込みご飯が、いつでも好きな時に食べられるのだ。

連日のように被災地の様子を紹介するニュース映像から、被災現場にあれこれ火器を持ち込み、炊き出しで被災者たちを支援するボランティアの様子が紹介される。

ボクは思った。
大量のサーマルクッカーさえあれば、現場から2時間ほど離れた安全で快適な調理場で調理をして、絶妙なタイミングで温かい料理を被災者の人々に供給できるのに……。

その時を境に、ボクのアウトドア・クッキングと、非常時の食生活に大きな変化が現れた。
つまり物理的な時間と調理現場から、限りなく解放されたのである。

だが後々思い知ることになるが、サーマルクッカーが与えてくれる恩恵の、まだこれはプロローグでしかなかったのである。

※編集者註:「サーマルクッカー」は90年代当時のアウトドア用の保温調理器の商品名で、現在は「シャトルシェフ」に統一し販売されている。
2段式のサーマルクッカーは90年代当時、日本でも販売していたが、現在は取扱いを終了している。

<プロフィール>
木村東吉(きむら・とうきち)
1958年大阪生まれ。1979年よりモデル活動開始。『ポパイ』『メンズクラブ』等の表紙を飾り活躍。30代より、趣味からアウトドア活動を始め、世界各地のアドベンチャーレースに参加。その経験を活かし、日本でも様々なアドベンチャーレースを主催して、おしゃれで洗練されたオートキャンピングブームの火付け役となる。現在は河口湖に拠点を置き、アウトドア関連のイベントプロデュースのほか、キャンプ教室の指導・講演、執筆など幅広く活動している。

編集:オフィス福永

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