【鈴木優香さんエッセイ】 山の中で、私を温めてくれた、チャイとマサラティー

山に登り、二度とは出会えない美しいものを拾い集めるように写真に収めるーー。山岳収集家・鈴木優香さんにお気に入りの飲み物である、「チャイ」と「マサラティー」にまつわる思い出を綴っていただきました。

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鈴木優香

鈴木優香

すずき・ゆか

東京藝術大学大学院修了後、商品デザイナーとしてアウトドアメーカーに勤務。2016年より、山で見た景色をハンカチに仕立ててゆくプロジェクト「MOUNTAIN COLLECTOR」をスタート。現在は山と旅をライフワークとしながら、写真・デザイン・執筆などを通して表現活動を続ける。
Instagram:@mountaincollector



登山を始めて10年。今まで様々な山を歩いてきました。日帰りの山、縦走の山(※)、海外の山。そこにはいつも温かい飲み物があって、私はそれに何度も救われました。その中でも特に印象深く、さあまた歩いていこうという気持ちにしてくれた飲み物の話をふたつ。

(※)縦走:山頂に立ったあと下山せずそのまま次の山へ向かうこと。

栃木県日光市にある標高1,104mの「鳴虫山(なきむしやま)」。日光連山の展望が良く、かつて修行僧が歩いた山岳修行の山としても知られる。ある寒い冬の日、私たちは静けさを求めてここを訪れた。

乾燥して丸まった落ち葉が、足元に積もっている。しゃくしゃくと音を立てながら歩く。

すっかり裸になった木々の合間を縫うようにして、冷たい風が絶え間なく通り抜ける。むき出しの頬が痛いほどに冷たくなっていくのがわかって、風避けに着ていたレインウェアのフードを被った。

稜線を歩き終えて下山道へ入ると少し風が凪いだので、私たちはここでやっと腰を下ろした。

バックパックからダウンパーカを取り出して着込み、それからずっしりと重いマイボトルを取り出す。

朝、家を出る前にスパイスの効いたチャイを入れてきたのだ。桜の花びらの塩漬けが乗った小さな饅頭は、前日の夜に近所の和菓子店で買った。

友人たちに「カップ持ってきた?」と聞くと、「うん、ある」という短い返事があって、地面には3つのカップが並んだ。

ゆっくりと注ぎ入れると、辺りの空気を溶かすようにして、白い湯気が立ちのぼる。両手でカップを持ち、香りを胸いっぱいに吸い込んでから、熱々を少し、口に含む。砂糖をこれでもかというほど入れてきたから、ものすごく濃厚だ。けれど、冬の山にはこのくらいがちょうどいい。ひとくち飲むごとに、エネルギーが満ち満ちてくる。

「あぁ、しみる」
「いいねぇ」

会話とも言えない、ただの言葉をぽつりぽつりと発しながら、しみじみと飲む。

皆でもう1杯ずつおかわりをすると、身体はすっかり温まり、気持ちが解けてゆくのを感じた。澄んだ空には、雪を被った女峰山が浮かんでいる。

荷物をまとめて立ち上がり、軽くなったバックパックを背負い直す。身体の一部となった温かなチャイは、この先に続く長い下りを歩きぬく力に変わった。

ネパールのクーンブ地方にあるルクラという村から、世界最高峰のエベレストの麓までを繋ぐ「エベレスト街道」。山好きであれば1度は歩きたい憧れの地であり、世界各国から多くのトレッカーが訪れる。

2018年の秋。私が目指したのは、エベレスト街道を途中で逸れて向かう標高5,357mのゴーキョピークと呼ばれる山頂である。

このような高所を目指すネパールのトレッキングでは、高山病を予防するため、少しずつ標高を上げていかなければならない。それゆえ、1日に歩くのはせいぜい4〜6時間。

時間に余裕があるので、1日に何度かティータイムを挟む。高山病対策として水分を取るためでもある。

歩き始める前は、どんなに過酷な登山が待っているのだろうと心配していたが、ここには拍子抜けするほど優雅な時間が流れていた。

ネパールではコーヒーよりも紅茶がメジャーなようで、それは山小屋のメニュー表を見れば明らかだ。まずBlack tea、Milk tea、Masala tea 。そのあとにBlack coffee、Milk coffee と続く。他にもMint tea とかGinger honey lemon teaというのもあったが、私はその中でもMasala teaがとても気に入って、約2週間のトレッキング中に何度も注文して飲んだ。

茶葉を牛乳で煮出して作る濃厚なミルクティーに、細かく刻んだ生のショウガやシナモンが入っていて、山小屋によってはびっくりするほどスパイシーなこともある。甘さはテーブルに常備してあるザラメの砂糖で調節する。私はスプーン2杯分。

全部飲み干そうとすると、ざらざらとしたスパイスが口に入ってしまうので、少しだけ残すのが、Masala teaをおいしく飲むコツだ。

毎日歩いて、歩いて、Masala teaを飲んで。もう何杯飲んだかわからないほどになった頃、私はゴーキョピークに立った。山頂からはエベレストを始めとする8,000m級の山々が見えた。歩き始めて8日目の朝だった。

<鈴木さんのお気に入り>

執筆・撮影:鈴木優香
編集:ノオト

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